第8章 人の身体を考える

 人の身体には高い表現能力がそなわっています。声帯と舌で様々な言葉を話したり、歌うことができます。顔の表情はとても豊かです。優れた運動能力もそなえています。スポーツ、舞踊、演劇、武芸、作法など多様な動作表現ができます。器用な指があります。楽器を奏で、絵筆や様々な道具を使い芸術作品を創ります。工芸品を造ります。本を書きます。設計図を描きます。巨大な船や飛行機そしてロケットを作ります。様々な観測機器を作り操作します。そして自然や宇宙を観察します。この類い希と言える高い表現性をそなえた身体があるお陰で、人は高度な文化や文明を形あるものとして、この現実世界に目に見える形で実現することができるわけです。こう見てゆくと人の身体は究極の文明の利器と言えるのかもしれません。

   人の身体が豊かな表現の可能性を私たちの人生に約束してくれていることがこれで良くわかってきます。豊かな表現の可能性はそのまま豊かな人生の可能性となり、そして豊かな表現は豊かな体験へとつながります。人が生きてゆくうえで表現と体験が一番大事であると思えば心の豊かさと身体の表現性が人の幸福の条件になることも理解できてきます。然るに自分の身体を粗末に扱ったり、傷つけたりすることはもとより、他人(ひと)の心や身体を傷つけるようなことも人の行いとして最低限やってはいけないことであることもまた理解できてきます。人は自分に対しても他人に対しても責任を負う存在であるのかもしれません。同様に命あるもの全てと環境に対しても責任を負っているのかもしれません。そして責任を負うからこそ人は豊かな体験を必要とする存在と言えてくるのかもしれません。